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恋愛工学戦士サウザーからの手紙

愛をとりもどせ‼︎

上海ツアー 初日

いい具合に晴れてくれた。
僕は自宅ベランダの植木鉢に水を遣りながら、眼前遥か彼方をゆっくり横切る白い雲を、ぼんやりと目で追う。青空はどことなく秋の影を含んでいる。幸いなことに今から向かう上海の気候は日本の温帯気候とさほど変わらないはずだ。

「Tシャツで、大丈夫そうだな」

出発当日に大慌てして旅装を整える。悪い癖だ。小学生ですら遠足の荷物を昨晩のうちに整えてから寝ると言うのに。
持ち物をチェックする。

パスポート。
クレジットカード2枚。

基本はこれだけで大丈夫だ。昔、上海へ行って頽廃生活を享受していた頃は、下着や日用品も全て現地で調達していた。が、今は違う。中国の物価はみるみるうちに騰貴し、僕の生活の方もいつしか地に足の付いたものになっていた。無駄は、慎まねばならぬ。

小分けしたプロテイン
チンコに効くサプリ。
サンダル。
中国の紙幣は超絶に汚いので、汚しても良い中国用の財布。
下着。
服。
歯ブラシ。

注文していたSIMフリーの携帯電話が届いていない事に気がついた。確かに、何度も不在通知を目にしていたが、面倒で後回しにしているうちにこうなった。杜撰だ。出発時刻は迫っている。もはや後の祭り。海外通ぶってるのに、全く旅に慣れていない自分を発見してしまった。知っていたよ。お前が本当は何も出来ない奴だって。


さて、今日の中国大陸ではGoogleは完全に駆逐されてしまっているそうで、日本とはインターネット環境がまるで違うと伝え聞いている。LINEもtwitterも使えない。携帯電話とSIMカードを確保出来なかったのは痛恨のミスかもしれない。飛行機が飛び立つや、そこからはインターネットの力を一切借りず、公家シンジさんから送られてきた指定の住所にたどり着かなければならないのだ。

 

自宅から空港まで、車で向かう事にした。
途端に、時間に余裕が生まれた。だったら郵便局で止まってる携帯電話セットを取りに行けば良かった。オゥシット。だが遅い。せめてもの抵抗と思い、途中、携帯ショップに寄る。1日に3000円ぐらいかかるという海外通信サービスを購入するしか無い、と思い定めて。

驚いたのが、ふらり入った携帯ショップの女性スタッフがやたら美人だった事だ。A。もはや海外通信サービスの事は思慮の外、このAからどうやって連絡先を聞き出そうかという問いに答えるべく、演算能力は費やされるのである。

「SIMカードを抜いて、現地のwifiを使えば問題は無いですよ」
「空港にはフリーwifiがあるから大丈夫のはずです」

と、Aクラスは言う。顔が丸くてかわいい。歯もきれい。うーん好みだ。セックスしたい。いやいや、待て待て、喋っとる内容、さらりと恐ろしいぞこれ。そうこうするうち、会話も乗ってきて、早くも仕掛け時が到来。

「親切にありがとう。あなたがそう言うならそうする。んでさ、連絡先教えてくれない?」

しゃあしゃあと聞く。一瞬、意味が分からない様子のAクラス。
しかし、意味がわからないふり、では逃がさない。
少し表情を変えながら、Aを見続けると、しびれを切らして

「仕事中なんで、それは困ります」

とのお断り。
まあ、上記の返しは完全に想定内なので、店員ナンパルーティーンを投入。

 

「世の中の仕事には二通りあるって知ってる?」

僕は宇宙の成り立ちを語るかのような、壮大な物語を今これからと言う顔で問いかける。

「?」

にっこりお断り、の表情を堅守するAクラス。

 

「出会いのある仕事と、出会いの無い仕事、この二通りだよ」

「ぷっ!笑」

 

ハッと目が見開いて、こみ上げてくる笑いをこらえる。
自分の仕掛けた警戒バリアをひょいと乗り越えられると、女は弱い。

「出会いの多い仕事で良かったね笑」

「ふふ、そうですね笑」

ナンパはある意味女の子を笑わせれば勝ちな部分がある。
笑いの前に倫理も道徳も仕事中も無い。

 

「わたし、仕事中は携帯持ってないですよ」

見え見えの形式グダ。目がうるっとしている。これは断ってるんじゃないな。男に対して頑張って!と励ますエールだ。

「じゃあここにLINEのIDを入力して」

からのLINEゲットォォォオ。


こう言う日々の地道な活動を、積み重ねて行く事が大切だと思うのだな。

あれ?僕はこの携帯ショップに何しに来たんだったっけ?まあいいか。

 

数時間後、僕はこの女の言を信じたが故に、上海の摩天楼の谷間で、雨に打たれながら途方に暮れる事になる。
まず、上海浦東空港に降り立った時、フリーであるはずのwifiがフリーじゃない事に驚いた。中国のSIM、中国の電話番号を入力しないと認証されないと表示されているではないか。気絶しそうになった。これ、ネット出来ないじゃん。シンジさんにどうやって消息を伝えりゃいいんだろ?と。かくある通信の不出来は、この先の旅行中、長きに渡り僕を苦しめる事になる。


日本を発つ飛行機も天候不良のために1時間遅れ、上海上空でも1時間旋回して遅れ、結構ハデに予定が狂っている。シンジさんのことだから、せっかくの華金の夜であっても、僕を待つために部屋で無聊を忍んでおられるに違いない。ふつふつとあの女に対する怒りが沸いてきた。

客が海外通信サービス申し込むつって来てるんだから、黙ってその通りさせときゃ良かったじゃねえか、と。でも悪いのは僕だ。冷静に判断をしていればこうはならなかった。が、しかし、間の悪い女である。間の悪い女は人間関係が出来ても必ず間が悪い。ずっとイライラする事になる。こうなるとどうもダメだ。「愛ゆえに人は苦しまねばならぬ」という嘆息が、上海の夜空に吸い込まれて行ったとか、行かなかったとか。

上海の雨はすぐに止む。

蒸れるような街の臭い。
雲の切れ間からは、中秋節の名月が、雲上にきらめく高層ビル群の脇に挟まれて、ひっそりとその顔を覗かせていた。